紅牙のTRPG的何やかや

祟り神の怒り

擱座したかに思われたジューク・ズヴィエーリが、ゆらりと立ち上がる。
木々はざわめき、風は凪ぎ、鳥や獣たちは争うように走り去る。

とたんに操兵リュードの感応石が異常を示し、輝きを失う。
たった一つ。古操兵たる(姫の機体)のそれは異様な力を感知して輝きを増し、操守槽をどどめ色に染め抜いたが。

同じ頃、グレン(仮)の籠手は熱を発し、まるで深い傷を負ったかのようなじくじくとした痛みと熱さを彼にもたらした。

蛮声が轟く。

しかし、それはいつものホーンの声ではない。騎士の名乗りのように、常にあげるホーンの鬨の声ではない。なぜならそれは拡声器を通してのものではないからだ。
だが、ジューク・ズヴィエーリから発されたものに間違いはない。

…どうも様子がおかしい。
昼日中の明るい中にあってなお、ジューク・ズヴィエーリの仮面の奥の眼窩より赤い輝きが放たれているのが見て取れる。

まるで死したかのように暗い鈍色をしていた腹部獣面の瞳もまた、赤い輝きを放っている。

さらに、堅く閉じられていた獣の顎が開いている。まるで今まさに獲物を噛み裂こうとするかのように。

一機の従兵機が、ジューク・ズヴィエーリに向かっていく。この異様な雰囲気に呑まれたのか、単なる功名心からかはわからない。

信じられないことにジューク・ズヴィエーリは、敵に向かって石斧を投げつけた。幾人もの騎士を打ち砕いてきた大きく、重いあの石斧をだ。
そして次の瞬間さらに信じられないことが起きる。

飛来する石斧をたたき落としたことで隙の出来た敵に向かって突進し、頭部の角で敵の胴を貫いたのだ。
吹き出る血しぶきを全身に浴びながら、ジューク・ズヴィエーリは刺し貫いたまま敵従兵機を頭上に持ち上げると、頭部の側頭角ハサミで挟み込んだ。
ぎしぎしと装甲がきしむ音が響く。側頭角は恐るべき力を持って敵従兵機に食い込み、さらなる血の雨をジューク・ズヴィエーリに降らせる。そして、敵従兵機は無惨にもまっぷたつにちぎれ飛んだ。

一瞬、赤く輝くジューク・ズヴィエーリの四つの眼が輝きを増したように見えたのは気のせいだったのだろうか。まるで喜悦にゆがむかのように。

さらに、ジューク・ズヴィエーリは、無惨な屍をさらしている敵機をつかみあげると獣の顎をもってその身体に喰いついた。…後になってわかったことだが、ジューク・ズヴィエーリが喰い千切ったところは、操兵の命たる仮面が装着されていた場所だった。

喰い千切った胴体を無造作に放り投げると、ジューク・ズヴィエーリは敵集団の方を向き、まるで何か重い物を受け止めるかのように腰だめに構えをとる。

すると、両の腕についていた奇妙な輪に異様な紋が浮かび上がる。たしかホーンはあれを「ファントム・リング」と呼んでいたように思う。
そして、不思議なことに輪は回転を始める。はじめはゆっくりと、一回転ごとに早さを増しながら。
輪は回転が早くなると共に風を巻き起こし、甲高く耳障りな音を発しだす。

輪の起こした風がマントを巻き上げると、背面装甲の一部が跳ね上がり、そこから3対のポールが突き出てくる。ポールにはなにやら透明な皮膜がついているようで、まるで昆虫の翅のようにみえる。

翅が現れると共にジューク・ズヴィエーリの周囲がゆがんだように見え始める。錯覚ともとれるほど微妙なものではあったが、その様は透き通った水が渦を巻いている様に似ていた。

風にあおられてか、それ自身が動いているのかはわからないが、翅は振動していようにも見え、周囲の光を吸い込んだかのように輝きを増していく。

それとともに、頭部の角とハサミ側頭角の間に、光の輪が現れる。光輪はバチバチと爆ぜながら大きさと輝きをましてゆく。

輪の音が頂点に達し、ふっととぎれた──人の可聴領域を越えた──その瞬間。
頭部の光輪と翅の燐光があたかも吸い込まれるかのように消失すると同時に、雄叫びと共に腹部獣面の顎よりまばゆい光芒が放たれる。

目も眩む閃光に誰もが一瞬視界を失う。
次に来たのは、輪の時とは違う、胃の腑の底まで押しつぶすような低く重い轟音。そして衝撃。
開いた眼に写ったものは、粉々に──バラバラではなく粉々にだ──なった敵操兵達の残骸とおぼしき破片。無惨にえぐれた大地。瞬時に炭化したであろう木々の残骸とおぼしき真っ黒な塵。そして、まるでそこだけ闇に呑まれたかのようにどす黒い血の蒸気を吹き上げ擱座しているジューク・ズヴィエーリだった。
敵の一隊──狩猟機一機に率いられている数機の従兵機──は、跡形もなく消し飛んでいた。

あの血の蒸気は全身に浴びた敵機の物か、それともジューク・ズヴィエーリ自身の血液なのだろうか。どちらにせよ、血が蒸気に変わるほどの高熱の中のホーンも無事ではあるまい。

もはやホーン救出要員としての座を不動のものとしつつあるキャロル卿が、愛機と共にジューク・ズヴィエーリに歩み寄る。
拡声器で声をかけるが返事はない。

キャロルはジューク・ズヴィエーリをうつぶせに倒すと背に飛び移る。
厚いブーツの底を通して熱が伝わってくる。目玉焼きが瞬時に焼けるくらいの温度がありそうだ。
グローブを二重にし、片手で操守槽の扉をこじ開けると、「まだこんなに」と思うほどすさまじい勢いで蒸気が噴き出す。とっさに飛び退かねば、キャロルも火傷を負っていたかもしれない。

操守槽からホーンを引きずり出し、担ぎおろして地面に横たえる。

妙なことがふたつあった。
身体こそ熱を持っていて触れば熱いが、火傷を負っていない。
そのかわりに、腕と胸に奇妙な模様が浮き出ている。痣のようにも見えるが、はっきりと形になっている以上そうではあるまい。

だが、キャロルはもう一つの異常を見落としていた。いや、農騎士と呼ばれたレフティー卿でもなくば、こんな事に気付く騎士はいないだろうが。

ホーンを横たえた土地が枯れはてていったのだ。そう、まるでホーンにその命を吸い取られたかのように。

突然現れた紋様をいぶかしみながらも、とりあえず手持ちの飲料水をぶちまける。
鼓動はしっかりしているので、生きてはいるのだろうが。とにかく身体を冷やさないことには危険だ。

しかし…今のは一体なんだったのだ…?

キャロルのつぶやきに答える者はいなかった。